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レーシックで、快適な生活が戻ってきました
福岡県在住会社員 女性 24歳
私の視力は左が0.05、右が0.08とこんなにも下がっているとは思いませんでした。私は小さいときから目は良くて、高校を卒業するころにも1.5はあったはずです。
しかし、就職してからは毎日、それも一日中パソコンに向き合いっぱなしでした。
入社して2年目のころ、いつもとおる道の看板の色が変わっていたので、あれっと思い看板を見ようとして気がつきました。何が書いてあるのか、文字がぼやけて見えなかったのです。
今まで見えていた看板でしたから、急に不安になり、他の看板も見たのですが、やはりぼやけていて駅に貼ってある広告も近くに寄らないと見えませんでした。
それまではメガネやコンタクトなどに縁がなかった私は「目が疲れているんたろう」と思い、なるべく目を休ませるように気をつかっていたのですが、視力は下がる一方。
仕事が終わり家に帰りテレビを見るときも、近くに寄らないと見えないし、映画を見ても字幕が見えない。
さすがにこれではまずいと思い、コンタクトを作りにいきました。
しかし、乾燥しやすいせいか、いつもゴロゴロしていて目は充血ばかりしていました。
コンタクトを外しては洗ってみたり、目薬をさしてみたりしていたのですが、やはり違和感はとれません。
目に負担がかからないようにとメガネも買いましたが、視野が狭く、長時間かけているとかえって疲れてしまいました。
そんなふうに文句をいっては家族にあたっていました。
ある日妹が「レーシックの手術を受けてみたら」と本を差し出してきました。
父にも「いろんなものにお金をかけるより、レーシック手術を受けてしっかり治したほうがいいんじゃないかと」背中を押され、さっそくWEBで予約して、錦糸眼科で相談を受けると、カウンセリングや精密検査、レーシック手術について詳しく説明<してもらえました。
そして、再度錦糸眼科へ来院して、レーシック代金のことやカウンセリングと精密検査を受け、2週間後のレーシック手術の予約をしました。
当日は思っていたより早く終わり、まっすぐに帰宅。
早めにやすみました。
次の日はすこし涙目だったような気はしましたが、そんなにひどいという感じはありませんでした。
3~4日経ったときに、いつもの通勤路を通ったとき、うの看板の文字がはっきり読めて驚きました。
今ではメガネもコンタクトも必要ない、快適な生活が戻ってきて嬉しいです。

■レーシックは、一度角膜を削ったら、二度と元に戻せない重大な手術です。
この屈折矯正手術には経験と技術が必要です。決して簡単な治療ではありません。それだけに、レーシック医院の中でもレーシックのパイオニアとして、トップクラスとの実績と信頼を得る錦糸眼科の医師は、この重大さを真摯に受け止めてくれて、患者一人ひとりへの親切なアドバイスと応対してくれます。
